2020年3月7日
Precision OS が提供する認定カリキュラムで VR による整形外科手術のトレーニングを実現
偶然の出会い
2 年前にカナダのバンクーバーの地下階で始まった Precision OS は、現在では整形外科手術のトレーニングを VR で提供する事業で成功を収めています。3 人の創業者のうち、CTO の Colin O’Connor 氏と最高クリエイティブ責任者の Roberto Oliveira 氏の 2 人は、数十年にわたりビデオ ゲーム業界で働いてきました。Radical Entertainment、Black Box Games、そして業界大手の Electronic Arts で経験を積んだ後、United Front Games の共同設立に携わり、ModNation 無限のカート王国やスリーピングドッグス 香港秘密警察などのタイトルで高い評価を獲得し、商業的にも成功を収めました。2016 年に、何か新しいことを始めたいと考えていたときに、整形外科医で現在は Precision OS の CEO を務める Danny Goel 博士と出会いました。Oliveira 氏によると、この出会いはまったくの偶然だったそうです。地元のパブで集まったときに、リリースされたばかりの「HTC Vive」のデモを O’Connor 氏が見せたことをきっかけに、整形外科手術の VR トレーニング プラットフォームの開発に取りかかることになりました。外科医、研修医、医療機器メーカーからの最初の反応がよかったため、3 人は本格的に取り組むことを決め、会社を設立しました。
手術のトレーニングの見直し
従来、外科医はプラスチック製の模型や実際の解剖用の遺体を使ってトレーニングを行ってきました。現役の外科医である Goel 博士によると、これらの方法では実際の状況を十分正確に「シミュレーション」できません。解剖用の遺体の場合、その状態がエクスペリエンスに悪影響を及ぼす場合があります。多様性は医療に欠かせないものではありますが、シミュレーションの中核部分には一貫性が必要です。同様に、プラスチック製の模型では、現実の手術の状況を十分に反映できません。医学参考書も同様で、手術の経験的側面が得られません。「解剖学の面白いところは、医学書を見ると、すべてがきれいな状態で、切り離されていることです。骨は白く、筋肉は境界がはっきりとわかります」と Oliveira 氏は言います。「しかし、実際の手術でアプローチや切開を考えるときには、想像とはまったく異なります」
Precision OS の VR トレーニングの目標は、実際の環境にできる限り近づけ、実習生が手術の感覚を体験できるようにすることです。シミュレーションならミスを犯しても患者が危険にさらされないため、ミスを恐れないよう仕向けています。Oliveira 氏と O’Connor 氏は、手術の手順を理解し、できる限り忠実に再現できるよう、Goel 博士の後ろに立って手術を観察しています。また、医学書や解剖用の遺体についても研究しています。
そして、目にしてきたことをリアルタイム VR 環境で再現することに取り組んでいます。Oliveira 氏と O’Connor 氏は、これまでいくつかのゲーム エンジンを使用した経験があり、United Front では独自のエンジンも開発しましたが、今回は Unreal Engine を選びました。
「Unreal は、ほかのどのエンジンよりも、標準の機能が確かに充実していると知っています」と O’Connor 氏は説明します。「また、最初から極めて高い忠実度を達成したいと考えました」
レンダリング エンジニアリングの経験から、Unreal Engine プラットフォームがオープンであることも O’Connor 氏にとって重要な要素でした。「コードにアクセスできることも重要でした。ハードウェアのレイヤーや内部 GPU のコールを直接操作し、VR のエクスペリエンスでできる限りパフォーマンスを引き出したいと考えていました」
手術室のリアリティの再現
仮想患者を作成するために、チームは当初、解剖用モデル セットを購入しましたが、その後すぐにその限界に気づき、独自のモデルを作り始めました。最近では、リアリティの向上を目指して、患者のスキャンを行いました。候補者を選定するときは、ストック モデルとは異なり、手術を必要とする人として典型的な年齢と体形であることが考慮されました。つまり、一般的な体形の高齢者です。手術においてはシミュレーションの正確さが特に重要で、不正確であると、深刻な事態を招く可能性があります。Oliveira 氏と O’Connor 氏はゲーム開発で学んだあらゆるコツを取り入れて、各手順をできる限り忠実に再現することに力を入れており、Unreal Engine の奥深く幅広い機能セットがこのソリューションの一部になっています。
「ブループリント システムやアニメーション システムの機能性、モーフ ターゲットや頂点アニメーションのサポートなど、Unreal は、医療環境を再現する際の問題を解決するために活用できる、数々のテクノロジーを備えています」と O’Connor 氏は述べています。
「このソリューションを開発するにあたっては、倫理上の検討が必要なことがあります」と Goel 博士は言います。「実際の患者に影響があるものを開発するうえでは、VR で表現が不正確だったり過度に楽観的だったりすると問題があるので、これらは重要な要素です。私たちはこのいずれにも慎重に取り組み、VR のあらゆる側面を研究しています。考慮すべき別の重要な要素として、共感能力があります。実習生は、自分たちの行為が患者の生命にどう関わるかを肝に銘じておく必要があります」
解説的解剖学の教育
Goel 博士は、このモジュールで、自身が手術において重視していることを解説的に教えたいと考えています。「手術中は、すべての筋肉が見えるわけではありませんが、熟練の外科医なら、解剖学の観点から見た全体像をよく把握しています」と Goel 博士は言います。「手術中に見ているのは外科解剖学ですが、頭に浮かんでいるのは解説的解剖学です。特定の神経、血管、筋肉が完全に見えることはありませんが、頭の中ではこうした組織を想像することで、開創器の位置を間違えたり、不注意で傷つけたりすることを防いでいます」
「解剖学は、2 次元で学ぶ 3 次元のコンセプトです。解剖用の遺体を常に利用できるとは限らない環境で、解剖学をどのように学び、学んだことをどのように身に付けていけばいいのでしょうか。この点が Precision OS にとって重要です。Precision OS では、リアルな解説的解剖学をできる限り 3D で再現しようとしています。解剖学について深く理解し、正しく認識していることが、専門を問わず手術を行うための基礎となります」
ビジュアルを越えて
Precision OS のアプリケーションには、ビジュアル面だけでなく、オーディオによるフィードバックもあります。トレーニング中には、麻酔器、ドリル、ハンマーの音が聞こえます。触覚のフィードバックも採用されていますが、これはトレーニングのサポートに重要である箇所のみになっています。Goel 博士は、トレーニング中に決断を下し、ミスを犯せる状態にあることが、Anders Ericsson 氏が提唱する「限界的練習」に備わっているダブルループのシミュレーション体験を形成すると説明します。「手術前と手術中に下す決断が患者アウトカムに影響します」と Goel 博士は言います。「この意思決定プロセスをシミュレーション モジュールの中に埋め込んでいます」
ハードウェアの選択
サポートのために必要なハードウェアのコストと携帯性も、触覚のフィードバックをどの程度採用するかに関係します。多くの顧客が教育用装置を持って移動し、迅速に設定、解体できる必要があります。また、チームは世界でのヘルスケアの地域格差を解消することにも熱心です。「複雑なハードウェアを加えると、利用できる人々が限定されます」と Goel 博士は言います。「世界の一部の地域に存在するヘルスケアの格差解消に効果をあげることは、Precision OS にとって重要な課題です。このため、最も影響力のある教育用ソフトウェアを開発することに集中、専念しながら、最も携帯性に優れたハードウェアを使用することで、グローバル展開を可能にしました」
研修医が、自宅、オフィス、学校などで好きなときにトレーニングできるよう、携帯性を向上させることも目標の 1 つです。現在のハードウェアの実装は、ヘッドセットにラップトップがつながったものになっています。このため、移動がやや難しくなっていますが、来年中にはモバイル VR デバイスや Oculus Quest などのデバイスに移行する予定です。
次世代の外科医のトレーニング
この種のテクノロジーをトレーニングに使用することに抵抗はあったのでしょうか。Oliveira 氏は次のように述べています。「面白いことに、若い学生や若い医師など、予想していなかったところで抵抗に遭うことがあります。また、古い世代からの抵抗を予想していたら、そこでは好意的に受け止められることもあります。このテクノロジーを強要しなければならないことは今までありませんでした。これが手術トレーニングの未来の姿であることは理解されているようです。ほとんどの組織は、最適な導入方法を見つけ出そうとしているだけです」
全体的に、テクノロジーが手頃な価格で利用でき、携帯性も備えるようになるとともに、広範囲での受け入れが進んでいます。バックエンドで成績のデータを収集し、学生に指標を示せる点も、次世代の外科医のトレーニングを命じられた人々にとって明らかなメリットです。
現在、Precision OS のモジュールは、当初からパートナーであった北米の 10 の大学や機関で数百人の研修医が使用しています。また、日本、スイス、フランス、オーストリアの顧客も利用しています。国際敵な組織 AO Foundation 向けの製品と、新しい手術前の計画ツールにより、北米で数千人、そして世界的には数万人の人々の教育を支援する予定です。
2019 年 5 月には、Royal College of Physicians and Surgeons of Canada へのプロバイダーから認定を受け、トレーニングを外科医向け医師生涯教育 (CME) の成績評価コンポーネントとして使用することが認められました。この認定は、権威ある組織から受けたものであり、VR を通じて最高品質のトレーニングを実現するという Precision OS の取り組みが実を結んだことを実証しています。
医療とテクノロジーの融合が、これまで確立されてきた内科医や外科医の教育方法を大きく変えています。Precision OS はこのことを理解し、強い社会的責任感を持ってコンテンツを制作しています。「現役の外科医として、このように細部にかける時間とエネルギーが重要な影響をもたらすことを知っています」と Goel 博士は言います。「実習生が何をどのように学ぶのかが、私たちにとって最も重要なことです。パートナーやユーザーの皆さんが私たちに寄せる信頼が、私たちのコンテンツに反映されていますが、その理由はただ 1 つ、こうした人々が VR 内で目的を持ってトレーニングすることで、手術の精度を高め、世界中で患者ケアに成果を発揮できるようにすることです」
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